馬軍団とドーピング事件

ドーピングに関する真相
馬軍団を率いた馬俊仁コーチは、学歴もスポーツに対する経験も専門的な知識もない粗野な男である。中学校の代用教員から女子陸上のコーチを始めて、教える女子生徒が遼寧省の大会で優勝してから注目をされ始めた。
病弱な父親を山で薬草を採って飲ませたという苦労人で、しかも強烈な個性の持ち主でもあった。
それが、冬虫夏草など薬草を練習に取り入れたことで瞬く間にスポーツの世界で有名になり、鼻高々になっていた。
オリンピックなど、国際的なスポーツを管理管轄しているのは中国政府国家体育総局である。局長の袁偉民は馬俊仁とは対照的にスポーツの名門・南京体育学院に進んみ、その後にバレーボール中国女子チームの監督に就任、ロサンゼルス五輪など世界大会三冠を成し遂げるなど、スポーツ界きっての超エリートである。
この2人、水と油より以上に反発し合い、ことごとく対立し、深い確執が生じていていた。

世界大会で驚異的な記録ラッシュ
1993年、ドイツのシュトットガルトで行われた世界陸上競技大会で、王軍霞、曲雲霞、張林麗、張麗、馬麗艶ら中学校から教えてきた選手たちが、桧舞台でトラック狭しと躍動して圧倒的な強さを示したのである。
世界新記録のラッシュに驚愕した世界陸連(IAAF)のドーピング検査官は馬軍団をターゲットにして、度々、遼寧省瀋陽市にある馬軍団の本拠地を訪れ、トレーニング期間中の抜き打ち検査を実施したが、禁止薬物は検出されなかった。
その際に、背後に見え隠れしたのが体育総局の袁偉民局長だと噂されている。

週刊誌作家により疑惑が再燃したが
それから20年も経った2016年2月、突如として香港の新聞サウスチャイナ・モーニングポストが、1995年に中国の作家である趙瑜が王軍霞から「大量の違法薬物を何年も服用させられたのは事実だ」と記した手紙を受け取り、その手紙の写真を週刊誌のインターネットサイトに掲載したと報じた
この作家は当時から馬軍団の薬物疑惑を記事にしており、袁偉民局長寄りの論評を書いていたが、新たに「手紙には他の選手9人の署名もある」と主張したのである
ところが、記録ラッシュから20年以上も経った新聞発表であり、この空白の時間の説明がつきにくい。
確かに馬俊仁コーチが、猛特訓のために開発した冬虫夏草ドリンクの調合レシピを中国企業に売却して巨額の報酬を得たり、日本商社に「馬軍団の疲労回復ドリンク」として販売権を売り渡すなど、選手たちとともに築いた栄光を独占して選手の嫉み恨みをかっていたことは事実である。
しかしその確執が如何に大きかろうと、選手側として、自分たちの輝ける栄光を泥で塗るような馬鹿なまねはするはずもない。
特に、今だに世界記録保持者である王軍霞は、国家の英雄として超有名人でもあり、テレビコマーシャルなどで結構な収入もある。それを全て投げ打ってまで、馬俊仁に攻撃を仕掛ける理由など無いのである。

これら報道に対して国際陸上競技連盟(IAAF)は、「まず第一は、その手紙が本物であることを確かめなければならない」と中国陸上競技連盟に協力を依頼した上で事実関係調査を始める意向、と伝えられている
調査によって何らかの回答が出されると思うが、週刊誌作家の報道を信じて「馬軍団はドーピングだ」と決めつけてしまうのは、如何なものかという感がある。

中国選手の有名なドーピング事件
▼中国の過去の主な薬物使用
1994年12月
広島アジア大会で競泳男子の4種目で金メダルを獲得した熊国鳴ら、陸上、自転車などのメダリスト計11選手から男性ホルモンの一種、ジヒドロテストステロンを検出したので、メダルをはく奪した。

1998年1月
水泳の世界選手権(オーストラリア)に出場予定の選手がシドニー空港で成長ホルモン剤の水溶液を押収される。他の出場4選手からは利尿剤の陽性反応、2年間の出場停止処分となる。

2000年7月
5月の中国水泳選手権で筋肉増強剤が検出された女子水泳個人メドレーの世界記録保持者・呉艶艶が、4年間の出場停止処分。

ドーピング対象薬物エリスロポエチン
エリスロポエチン(EPO)
腎臓で生成され、酸素を運ぶ血液中の赤血球の数を増加することで、持久力を高める体内成分である。
スポーツ選手が高地トレーニングを行うのは、この身体反応を利用してエリスロポエチンが生成されやすい体質にするためであり、合成製剤「EPO」を使うのは、高地トレーニングを行わなくとも容易に圧倒的な持久力を手に入れることが出来るからである。
スポーツ界への蔓延は何年も前から指摘されていたが、もともと、腎臓から分泌され体内に存在する物質であり、合成製剤を注射したものとの区別が難しかったが、国際オリンピック委員会(IOC)は血液検査と尿検査を併用することで、シドニー五輪からの違反摘発を決定したのである。

馬軍団がチベット高原で行った猛特訓
ところが馬軍団は、再三に亘ってチベット高原や昆明など3000m超の高地で、地獄の猛特訓に励んでいた。
そして食事に冬虫夏草とスッポンのスープを供したことは有名で、猛特訓で傷んだ細胞組織を修復する生体反応や腎臓が活発にエリスロポエチンを生成する体質を手に入れていた。
これらから総合して「馬軍団がドーピングをやった」という主張の方が明らかなデマゴギーだと判断した。

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