肺ガンがリンパ節に転移して余命5年 
明智状跡
 岐阜県恵那市に残る明智光秀の居城跡
はじめに 
体調には充分すぎるくらい気を配っていた私が器質化肺炎と診断されてから10年が経ち、肺ガンと肺腺ガンを発症し、さらに、これがリンパ節に転移。
肺ガンは切除手術するものの、リンパ節に転移すれば余命5年と診断をくだされ、やむなく抗ガン剤を始めることになる。シスプラチンとビノレルビンを併用する治療は、3~4週ごとに全4コース。
しかし副作用が激しすぎて身体が耐えられず、2コースで2度の緊急入院。ドクターから出された結論は「もう抗ガン剤はできない、医薬の投与もなし」というものでした。
絶望の淵に立たされたその時に「食事革命」の活動を知ることに、そしてこれに賭けた私は食材を根本から見直して、2ヶ月後の血液検査では腫瘍マーカーの下降を確認。さらに8ヶ月後の検査ではリンパ節の小さな影が消え、腫瘍マーカーも待望の基準値以内に収まりました。 
余命5年と診断されてた私が、以下、ガンと抗ガン剤と闘った2年間の記録を作成しました。余命宣告された方や闘病で苦しむ方、悩んでおられる方々のご参考になればと思い、ホームページに公開することと致しました。

定期検診で肺ガンを発見 
かかりつけの国保上矢作病院で2ヶ月に1度、血圧と心房細動検診を、半年に1度は尿、眼、心電図、胸のレントゲン検査を受けておりました。確か10年ほど前のこと、器質化肺の影が見つかったのですが、以降、体調に変化はなく影の形も変わらないことから様子を見てみようという程度で、咳も発熱もなく普通に暮らしておりました。
17年5月の検診で「器質化肺の影より他に、なにか影があるようだ」ということで、CTを撮ることに。
結果は「肺に新たな影がある、詳しく検査をしたほうがよい」と言われ、肺ガンの疑い。お医者さんからは、ガン治療専門の岐阜県立多治見病院に行くよう、勧めらました。
でもこの時には、よく言われてる早期発見、早期治療だったので、たいした心配もしませんでしたが、ガンは想いもしない展開で私に痛烈な死の恐怖を与えたのでした。

 
リンパ節に転移して余命5年の宣告 
岐阜県立多治見病院では血液検査、レントゲン、CTスキャン、心電図、肺気量、内視鏡の検査をしました。その時の血液検査では以下の数値でしたから、もう肺ガンは確定で、問題はどこまで転移しているかというところでした。
2017/10/03 CEA:14.13
続いて10月末にはPET検査。この検査は、特殊な検査薬を点滴で入れてガン細胞だけにマークをつけるという方法だそうです。その後に専用の装置で身体全体を撮影すると、転移しているガンの早期発見ができるという最新の検査だそうですが、検査結果をもらったのは11月に入った最初の週でした。
器質化肺ガン(ステージⅡA)と肺腺ガン(ステージⅡB)さらにリンパ節に転移の疑いがある
担当ドクターは「リンパに転移するとやっかいなことになるから、早い時期に肺ガンの部分だけでも切除しておいた方がいい」と説明され、私もすぐに納得して「手術をお願いします」とお頼みしました。
ところが多治見病院のスケジュールでは年内に手術を受けることが難しく、国立病院機構・名古屋医療センターを紹介してもらって12月12日に手術する予定が決まりました。
その当日、術前にドクターから更にショッキングな説明を受けました。
「手術を受けようが受けまいがリンパ節に転移していたら、余命5年」と言われたのです。
早期治療のはずなのに、ドクターが言われてることは、まるで手遅れのような感じではないですか。だったら無理に手術をする必要もないわけだし、手術をやめようかとも思いましたが、順番待ちで折角押さえた日程ですから、キャンセルすると病院にも迷惑がかかるし、確実にリンパ節に転移するだろうし、などと迷いに迷いながら手術室に向かいました。

右肺上葉を切除して、まだ手術の痛みも心の痛みも癒えてない折りに、ドクターから更にショッキングな通達がありました。「検査結果が出た、リンパに転移(ステージⅢ)している」
間違いなく余命5年なのだ、激しい動揺が身体を貫き、まるで大きな地震が直下で、私自身がガタガタと崩れ落ちてゆくような恐怖が襲ってきたのを覚えています。

転移したというリンパ節は、肺からもっとも近い脇の下のリンパ管にあるもので、関所(昔のことば)のようなものだそうです。肺に侵入したウイルスやガンの因子などを塞きとめて全身にまわらないようにするための器官で、健康な人ならここで捕捉したガンや異物を免疫細胞が破壊するようになっているそうですが、私のように免疫力が弱まっていれば、逆にガンの因子は、その場に着床して成長し増殖してしまうそうです。そうなるとそのリンパ節を切除しますが、そうするとその先のリンパ節に転移、これも取ってしまうと、またその先に転移するというようにガンは次々と広がってゆき、その上にウイルス感染症など合併症のリスクも高くなるということだそうです。
手術をしなければ、リンパ管を伝って全身にガンが広がるという絶体絶命の恐怖が待ち構えているのですから、ドクターがおっしゃるように「してもしなくても余命5年」ということになるのでしょう。
「私、死ぬんだ・・・」
失意のどん底から這い上がる気力も勇気もないままに年末を迎えて、退院しました。

化学療法でガンと闘ったけど 
年が明けると担当のドクターから「化学治療をします、3~4週ごとに全部で4コース。シスプラチンとビノレルビンを併用する治療です」という説明がありました。抗ガン剤治療のことなのでしょう、抗ガン剤の恐怖は前からいろんな話しを聞いていたから恐ろしくて不安でたまりませんでした。しかし他に治療方法がないのですから、勇気を持って臨むより他に道はないのでしょう。
1週間に2度の点滴を受け、ほぼ3週間ぐらいあけて身体の様子をみながら2回目のコースが始まりましたが、その度に熱がでて心臓の鼓動がすごく早くなるなどの副作用があって、用心のために入院することになりました。それでも必死に耐えようとした私ですが、吐き気がひどくて食欲が全くなくなり、食事を受け付けない毎日が続いて体力は限界、体重も一気に6キロも痩せてしまいました。
もう止めようと思いつつも、3月22日から3度目のコースに入りました。その時は更に副作用が激しくなり、頭痛と耳鳴りがして天井がぐるぐる回り、眼の奥の激しい痛みを覚え、やがて呼吸が苦しくなって意識が遠のいてゆきました。
なんとか命は取り止めましたが、血圧が異常に低いということで危険状態に陥り、2度目の緊急入院。11日ほど入院して回復治療を受けたのですが副作用を緩和する薬もなく、結局は、抗ガン剤の投与間隔が開き過ぎたので今までの投与が無駄になったとか、もうこれ以上の化学治療は無理だとかの判断がくだされたようです。

退院してからというもの、病院に行っても、4回目の化学療法を勧められることはありませんでした。それどころか注射も飲み薬もなくなり、検査をしてそれで診療が終わりで、次の検査の予定をお聞きする以外はなんの話しもありません。

「医者に見捨てやれたんだ」という落胆よりも、もう抗ガン剤をやらなくていいんだという安堵感や、食事革命によって癌がなくなるかもしれないというわずかな期待感が、心の中で芽生えていたように思います。

苦しみの中で「食事革命」を決断
お話しは抗ガン剤治療を断念した、半年ほど前にさかのぼります。
血液検査で腫瘍マーカーが高くなっていることからほぼガンが確定したのですが、これを息子に話しても大して驚いてくれません。そして「冬虫夏草をもらってあげるから心配ないよ」と、簡単そうに返事をするんです。息子の話しをよく聞いてみると「すごい冬虫夏草を取り扱ってる会社とお付き合いがある」ということでした。すなわち、その冬虫夏草を息子が勤めている会社が製品化して、サプリメントにしているということでした。 
早速、その冬虫夏草の会社のホームページを見せてもらい、会社が主宰している「食事革命」という活動を知りました。その時は、検査の結果がでたばかりで頭が混乱してた時期ですから、いわゆる古くさい食事療法なんて考えてるゆとりなんてありませんでした。
しかし息子は「うちの研究所で試験したけど、ガン細胞に冬虫夏草を微量投与するだけで、ほとんどのガン細胞が消滅した」と言うし、他にも「抗ガン剤をしても髪の毛が抜けにくいらしいよ」と教えてくれました。

息子が手配してくれた冬虫夏草(30グラム袋4つ)が届いたのは手術前の17年10月末でした。冬虫夏草だけではなく、その会社の社長さんが提唱している「食事革命」という小冊子を読ませてもらって、食事の大切さ食材の持つ素晴らしさを知らされ、そしてその食事改革の軸となるのが冬虫夏草だということも理解できました。
冬虫夏草は中国固有の昆虫から発生するキノコだそうで、歴史的にも歴代の皇帝やあの楊貴妃さんも愛用したというほど貴重なものだそうです。それを長年研究されて、日本で人工栽培に成功したのが息子がお世話になっている福岡の社長さんで、日本に15ヶ所も栽培施設があるそうです。その社長さんの社団法人から届いたのが、収穫して粉にしただけの冬虫夏草でした。
しかし、ちょうどその頃に病院の検査結果がでたのですから、息子を信じていないというのではありませんが、頭の中は「リンパに転移しないでほしい」という一心であって、ガンが消えるなどということは聞く耳も持ってなかったというのが正直な気持ちでした。が、髪の毛が抜けにくいというところが妙に引っかかっていて「髪の毛のために食事革命を始めてみようかな」というのが本音だったように思います。
急速に悪化しているように思えるガン、そして肺の腫瘍を切り取っても治るどころか、余命5年を宣告された私。近いうちに始まるであろう抗ガン剤治療の恐怖におののきながら「髪の毛が抜けないように」と願って、毎朝、茶さじ1匙の冬虫夏草を食べてました。

冬虫夏草を食べ始めておよそ2ヶ月、化学療法が始まりましたが、ごっそり抜け落ちるだろうと思っていた髪の毛が、わずかしか抜けなかったことが心の支えになっていたように思います。そして強烈な苦しみのさ中で少しずつ膨らんでいたのは、髪の毛を守ってくれるんだから、もしかしたら私の身体も守ってくれるんじゃないだろうかという期待感でした。第3コースの副作用でぼろぼろになりながら「もうこんなに辛い治療は止めよう。食事革命だったら痛みも苦しみも副作用もないと思うから、こちらで頑張ってみたい。これでガンを克服できれば最高」と思っていました。
余命5年を宣告され、その上に治療の道さえも閉ざされてしまったその瞬間に、私ははっきりと食事革命で頑張ろうと決意したのでした。

食事革命の素晴らしさを体感 
食事革命ホームページを観ると、次の文言に心を引かれました。「悪いものを食べれば身体を壊し、食べ続ければ命を落とす。良いものを食べれば元気が出て、食べ続ければ健康になる」という活動の提言です。誰でも知っている平凡な言葉ですが、これを、私を含めたほとんどの人が忘れていたり実行していないということですよね。化学調味料で味付けした加工食品、化学反応を利用して作られた食塩や白砂糖、防腐剤や酸化防止剤など消化できない化学成分を毎日のように体に入れていた私たち。
ホームページの次のページ(文末にアイコン添付)には元気になるため健康を取り戻すためのキノコや海藻など、数々の食材も紹介されていました。そのほとんどが近くのスーパーで買い求められるものですが、冬虫夏草と霊芝という中国固有の食材はスーパーには売っていない。それで、これらを日本で育てて求めやすくしようというのが、川浪社長さんの考え方だということも分かりました。
ホームページを参考にしながら食事の改善に努める毎日が始まり、朝夕2度の冬虫夏草も欠かさず食べるようになりました。
食事革命を本格的に始めて2ヶ月たった6月にレントゲンと血液検査を受けたのですが、驚きのデータを目にしました。もう抗ガン剤も飲み薬もやめたのだから、リンパ節の腫瘍も成長してるだろうしマーカーも高くなっているに違いないと覚悟していたのに、次の結果でした。
2018/6/8 CEA:10.33 
予想に反して腫瘍マーカーが下がっている、食事革命を本格的に始めてわずか2ヶ月でですよ。
つづいて11日にはCTを撮りましたか、この結果についても同じく驚かされました。
「レントゲンでは肺の影が動いたのだろう思ったが、CTで見るとどこにも影が出てこない。軽い肺炎なのかも」
ドクターは不思議そうに首をかしげましたが、でも私の体調は咳も熱もなくなり呼吸困難もなく元気を取り戻していました。私には分かりました、食事革命のお陰でガン細胞が消えてるのだと。

また猛暑の夏を迎えていますが、お陰さまで安泰に、すこぶる元気に過ごすことができました。9月のレントゲンではリンパ節に小さな影があると言われたものの、他に異常が見られないため何の処置もせず「次回の11月検診CTを撮ってみよう」ということになりました。
検査は2ヶ月に1度行います。そして10月末のCTとPET検査で、その結果は以下の通りでした。
「リンパ節に小さな影があるが、9月の検査と大きさが変わってないのでこのまま様子を見よう」というドクターの診断でした。
体調はとても良くなり、それに連れて気持ちも爽やかな日々が続くようになりました。1年前のこの頃を思い出すと、まるで別世界の出来事だったように思えます。リンパ節の小さな影が気にならないわけではありませんが、どういうわけか、何の心配もしなくなりました。
11月検診の次の検診は「リンパ節の心配もあるので早めに繰りあげて12月の初め、レントゲンと血液検査をする」ということでしたが、その結果は次のとおりでした。
「10月にはリンパ節に小さな影があるようだったが、今回は影が消えている」と、ドクター。
大変に嬉しかったです。1年前に余命5年を宣告されて、リンパ節のガンが大きくなることを防ぐための化学療法で2度の大きなトラブル。そして治療も投薬も中断してしまって本気で取り組んだ食事革命でしたが、あれから8ヶ月目の検査で、完全にガン細胞が私の身体から消滅してしまったのです。

ガンが消えてから7ヶ月を数えますが、今年7月検診の際の血液検査は以下の通りでした。
2019/07/12 CEA:3.53 ng/ml
腫瘍マーカーCEAの基準値は0~5 ng/mlですから、しっかりと基準値以内をキープしているので、もう完全に健康体に戻ったと思えます。食事革命、本当に有り難うございました。


御礼状 
日本食事療法協会 川浪代表 様

例年にない酷暑が続く毎日ですが いよいよご健勝のことと存じます。
お陰さまで元気にしております。
冬虫夏草をたくさん頂きまして 本当に悪いところもなく 血液検査でも基準値になっています。
本当に有りがとうございました。
また先日には息子がお忙しいところお邪魔し 大変お世話になり申し訳ございませんでした。
遅くなりましたが 私の闘病経過を同封しました。
ガンで苦しんでおられる方々のご参考にして戴ければなによりです。
まだまだ酷暑炎暑の夏本番が続くと思いますが どうかお体大切にお過ごしください。 
かしこ



令和元年11月15日
秋の深まりを感じさせる今日この頃です。以来、体調はすこぶる良好で、畑の冬じまいなどで忙しい毎日を送っております。
9月にPET検査を行いましたが何の異常も見つからず、腫瘍マーカーCEAは3.45と安定。
また今日は11月の検査日で、レントゲン検査をしてもらいましたが、異常なく腫瘍マーカーCEAは2.95でした。まずはご報告まで。時節柄お体をご自愛くださいますように。 
かしこ

  令和元年 11 月 18 日  
岐阜県恵那市明智町 SN 
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